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本「ロマノフ家の最期」
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ロマノフ家の最期
ロマノフ家の最期
1917年7月 ロシア皇帝ニコライ2世一家の消息が途絶えた。
果たして彼らはどこで処刑されたのか?
この本は、2人のBBC記者が当時の捜査資料をもとに検証を行ったものである。
1970年代に書かれた本なので内容は古い。(DNA鑑定がない時代である)
しかし詳細に検証された内容はかなり読み応えがある。

初期の捜査では一家は最後に幽閉されていたエカチェリンブルクのイパチェフ館で射殺され、4人兄弟とよばれる鉱山の廃坑で焼かれたと見られている。
しかし、残骸とされるものには、服のきれはしや宝石のかけら、人骨とおぼしきかけら(一体分もないとされている)切断された指1本(侍医のものと推定されている)と皇女の愛犬の死骸だけ。
皇帝一家は皇帝ニコライ2世、アレクサンドラ皇后、オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシア4人の皇女、アレクセイ皇太子、侍医ボトキン、従者3名の11人で構成され、遺留品やイパチェフ館の弾丸数からはとても11人もの人数が殺されたとは思えなかった。
しかも当時はボリシェヴィキ(共産派)と白系ロシア(帝政派)の戦いの最中で処刑されたことにした方が都合がいいという思惑も働き、処刑を偽装したとの見方もあり、真相は混迷をきたした。とにかく遺体がなかったのである。

そして皇帝一家が処刑されたとする日から18ヶ月後、ベルリンで橋から身を投げ警官に助けられた女性が、自分はアナスタシア皇女であると告白した。このニュースは世界各地で一大センセーションを巻き起こした。
彼女がアナスタシアなのかどうかを巡って論争は繰り返され、長期に渡る裁判が行われた。裁判は遺産をめぐってというより、存在を立証するという色合いが強かった。世界一の富豪とされたロマノフ家だが、その遺産は莫大とはいえなかったからだ。
この本ではこの女性アンナ・アンダーソンが本人である可能性が高いという結論に達している。彼女はアナスタシア本人しか知らないような事実を知っているからだ。
もし偽装だとしても、40年も続けれるものではない。

さらに違う角度からも検証は続く。

皇帝一家が全員イパチェフ館で処刑されたとする説で有名なソコロフと同じ時期の調査で、1917年7月以降、皇后と皇女4人はエカチェリンブルクから北西に300キロ離れたペルミに移送されたいう報告がある。ここでは数人の目撃証言があり、さらに皇女のうちの1人アナスタシアが脱走して捕らえられたところを見たという証言がいくつか寄せられている。

結論としては、皇帝ニコライ2世とアレクセイ皇太子はエカチェリンブルクで処刑され、皇后と4人の皇女はペルミに移送されしばらく監禁後さらに東へと移送されたがその後の消息は不明という説を有力としている。もしアンナ・アンダーソンが本人だとすると、ベルミかそれ以降に脱走した可能性があるということである。


読み終わって

この本が出版されて以降、皇帝一家の遺骨が発見されたニュースがいくつか流れた。皇帝一家11人分発見されたとか、アレクセイ皇太子と3女のマリア皇女の2人の遺骨だとかで、いずれもDNA鑑定で認定されたといっている。

いずれにしても男性と女性の骨が一緒に発見されたところに注目する。
そうなると女性たちがエカチェリンブルクから西へ移送された説が怪しくなるからである。一緒に発見されたとなると、やはり一家は同時に虐殺されたことになる。
ボリシェビキがわざわざ女性達をエカチェリンブルクまで戻して殺したとも思えないし、遺体だけを戻して皇帝と一緒に埋めたというのも不自然である。

そしてアナスタシアである。
DNA鑑定では全くの別人らしい。
アンナ・アンダーソンは本物だと思えただけに意外である。でも自分が皇女であるなんて嘘が何十年にもわたってまかり通るだろうか。

そうすると、もう、霊とかそういう非科学的に方向に走るしかない。
皇女の霊的なものがアナスタシア生き写しのアンナ・アンダーソンに乗り移り、本人しか知らなかったことを語らせたりしてたとか...


謎多きロシア皇帝一家の最後。
引き続き、関連する本を読もうと思う。

ロマノフ家関連本感想 「ブルー・ブラッド
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【2008/03/20 11:07】 | トラックバック(0) | コメント(4) | edit
<<つぐない | ホーム | アメドラ4本>>
コメント
作家の柘植久慶氏の推理によると、ニコライ二世一家のうち、まず奪回されると困る皇帝と皇太子が処刑された。次にロシア内戦が終了するまで女性たちは外交交渉カードとして生かされた後に用済みになってから処刑された。そして辻褄をあわせるためにエカテリンブルグに合葬されたとすることは可能だそうです。私もそう考えています。アナスタシアのDNA鑑定に用いられたサンプルもアンダーソン夫人の死後にすり替えられた可能性を考慮しなければならないと述べられれています。でなかればアナスタシア本人以外に知りえない膨大な事実をどうして偽物が完璧に収集できたかという矛盾が生じるからです。
【2008/05/18 01:17】 URL | ツシマ #ECn66tzA[ 編集] | page top↑
なるほど、そういう説もあるのですね。
確かに妥当な線ですね。
私もアンダーソン夫人は確かに本人であると思われるだけに、DNA鑑定には疑わしさを感じます。
DNA鑑定の今後の展開に期待です。
【2008/05/25 12:53】 URL | タンタン #-[ 編集] | page top↑
>アナスタシアのDNA鑑定に用いられたサンプルもアンダーソン夫人の死後にすり替えられた可能性を考慮しなければならない

そりゃ見苦しい言い訳だな。
【2009/12/19 16:59】 URL | 通りすがり #Uh.s.1GM[ 編集] | page top↑
このコメントは管理者の承認待ちです
【2014/07/16 07:42】 | #[ 編集] | page top↑
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